COVID-19関連研究公開

はじめに

2020年初頭より発生している新型コロナウイルスの感染は我々の生活に深く影響を及ぼしていますが、重要な側面の1つに経済的な損失があります。その最も大きな影響は、多くの都市、地域、国が必需産業以外での経済活動を規制したことです。このような活動規制によって、多くの国において生産が著しく減少しています。

本研究では生産モデルに日本の約160万社のサプライチェーンのデータを適用してシミュレーションすることで検証します。このようなシミュレーションの多くは産業連関表や一般均衡モデルを用いて行われていますが、供給の制限に代表されるような企業の関係性の複雑さを考慮できず、それらシミュレーションは被害の影響を過小評価する傾向にあります。一方で本研究では個別企業間の関係性を実際のデータから取り入れるとともに、企業を個別に取り扱うことで、上述の問題に対処するものです。

我々の研究グループでは、上述の方法論により、企業レベルのサプライチェーンモデルの性質東日本大震災と予測されている南海トラフ地震の被害の波及などの研究を行ってきました。これにより今まで捉えることができなかったような、影響の広がりの速さ、具体的には震災の2週間後ごろに影響が急速に全国に広がることや、サプライチェーンネットワークに密につながった巨大連結成分があるため企業のダメージが連動して振動する傾向などを発見してきました。

約160万社の日本企業間のサプライチェーンデータを利用した分析

COVID-19感染防止対策のための政府による自粛勧告により企業活動が縮小する影響は非常に大きく、2021の4・5月のGDPの低下はおおよそ7.5兆円となりました。冬場に入り、感染者数の増加が見られることから、政府は再度の緊急事態宣言を2021年1月7日から発出しました。この経済的損失を推計することは、緊急事態宣言の継続の判断や政府による財政的支援などの見通しにとって非常に重要といえます。

2021年1月の発出の対象のエリアは一都三県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)ですが、その影響は日本中に及びます。これは日本に張り巡らされたサプライチェーンにより、すべての地域が密接につながっているためです。そしてその影響の重大性を示唆するのが、極端に多くの企業とつながった「ハブ企業」です。直接にはつながっていない企業同士も、ハブ企業を通じて間接的には近い関係にあり、ある企業の生産縮小の影響は、サプライチェーンを介して多くの企業に素早く波及してしまいます。このような波及のメカニズムは、企業間のサプライチェーンを網羅したデータを利用して分析しなければ把握できません。

そこで上述のシミュレータを、2020年の4月および5月に行われた緊急事態宣言中の経済状況に合わせて、より正確な予測ができるように調整することで、今後発出されるいかなる緊急事態宣言の影響も柔軟にテストできる環境を整えました。このすでに調整されたシミュレータを用いて、今回は1都3県に緊急事態宣言が発出されたときの全国への影響をさまざまなシナリオで試算しました。その内容はSSRNに公開しています。

本計算の前提となっているのは、各産業の自宅でのテレワーク可能性、および各産業の感染防止対策による活動の減衰性、さらにこれらを元に予備的なシミュレーションにより昨年4・5月の緊急事態宣言時を再現できるように調整した係数を用いています。調整した様子が図1になります。

図1 2020年4月5月に緊急事態宣言が発出されたときの経済の振る舞いに対してシミュレータが調整された様子。横軸は4/7からの経過日数。縦軸はGDP日額。ピンクのエリアは全産業生産指数から推測されたGDPの落ち込み。

本研究の長所と留意点

本研究方法の長所は、上述のようにサプライチェーンデータに基づいた企業レベルの活動をシミュレートすることで、企業それぞれに異なるサプライヤー・顧客企業との関係性がもたらすサプライチェーン全体の複雑なふるまいを捉え、サプライチェーン途絶による経済的影響をより正確に予測できることができる点にあります。一方でいくつかの留意点があります。

第1に、このシミュレーションでは前述の各産業の感染防止対策による活動の減衰性に対して、データが存在しないこともあり、仮定が入っています。この減衰性とは、それぞれの企業がどれだけ活動を抑えざるを得ないか、すなわち他の企業や消費者の事情ではなく、その企業の事情、たとえば従業員をテレワークにしたりすることでどれだけ活動が減衰するか、です。これを仮定する時、先の4・5月の緊急事態宣言時のふるまいに合うように調整してあります。今回の緊急事態宣言が完全に前回のものと同じように実施されるとはいえないため、推計にはそのような誤差が入りえます。第2に、利用したデータは企業単位のデータであり、本社の所在地はわかるものの、各企業の事業所・工場等の所在地は把握されていません。企業の本社は東京に所在していることが多いことから、この分析では東京での緊急事態宣言の発出による経済的影響を過大評価している可能性があります。第3に、緊急事態宣言によってサプライヤーからの部品供給が滞った場合、既存のサプライヤーで代替することは想定されているものの、新規のサプライヤーでは代替できないと仮定しています。ですので、この分析は新規のサプライヤーとの取引が開始されないような短期的な影響についてより正確に予測できると考えられます。第4に、海外との関係が本シミュレーションでは考慮されていないため、海外の状況が4・5月と異なることなどを踏まえると、推計に誤差が生じることが考えられます。最後に、緊急事態宣言によって最終消費者の購買に影響があることが考えられますが、その点は考慮されていません。このような限界を踏まえたうえでの一推計であるとご理解ください。

2020年1月から行われた緊急事態宣言についての推計結果

2020年1月から行われた緊急事態宣言についての推計結果は以下になります。

1. 一都三県の緊急事態宣言の経済的影響の推計

一都三県に緊急事態宣言が発出された場合に企業活動がどれだけ影響を受けるのかが図2で表されています。縦軸は一都三県だけでなく全国の企業の活動の結果である付加価値総額(GDP)(単位:円)であり、横軸は一都三県の緊急事態宣言の期間(単位:日)です。それぞれの色違いのバーは左から、緊急事態宣言に基づく自粛要請が1. 飲食店、2. 飲食店・宿泊施設・娯楽施設、3. 全産業、に出た場合になります。全産業が対象で、期間が4週間だった場合に2.66兆円の低下になることがわかります。そのうち、一都三県において発生する経済活動の低下によるものは1.81兆円であるのに対し、サプライチェーン上の波及による低下は0.86兆円の低下になります。

図2 シナリオによるGDP減少額の違い。横軸は一都三県の緊急事態宣言の期間(単位:日)。縦軸は減少した国内総生産額(単位:円)。それぞれの色違いのバーは左から、自粛要請が1. 飲食店、2. 飲食店・宿泊施設・娯楽施設、3. 全産業、に出た場合。

図3 全産業に自粛要請が出た場合のGDP減少額の内訳。横軸は一都三県の緊急事態宣言の期間(単位:日)。縦軸は減少した国内総生産額(単位:円)。それぞれの色は赤が一都三県における損失、青が他の43府県における損失。

2. サプライチェーン途絶による経済的影響の雪崩現象

これまでの我々の研究においては、海外で行われるような厳しいロックダウンを実施すれば期間が長くなるほど他地域への影響の波及が深刻化して、1日当たりの損失が大きくなっていくという雪崩現象が見出されていました。しかし今回の分析結果では緊急事態宣言の期間と総低下額がほぼ比例しており(図2)、緊急事態宣言による直接の低下と波及による低下の比率もあまり変化しません(図3)。つまり、今回の緊急事態宣言ではそのような雪崩現象は予測されません。これは、海外のロックダウンに比べて日本の緊急事態宣言下での経済活動の低下が比較的軽く、雪崩現象の発生が在庫の利用や企業間の代替によって抑えられるからだと考えられます

3. 緊急事態宣言の地域的な協調の必要性

我々の研究は緊急事態宣言を地域的に調整する必要があることも示しています。例えば我々は、東京都と神奈川県が時期をずらして緊急事態宣言を発出した場合と同時に発出した場合とを比較しています。時期をずらした場合には、神奈川県は緊急事態宣言を発出していなくても発出中の東京の影響を受けて生産が大きく減少します。その結果、時期をずらした場合の二都県の生産減少の合計額は、同時に発出した場合にくらべて大きくなります。
 したがって、緊急事態宣言を発出する必要があるのであれば、サプライチェーンを通じてつながった地域が一斉に発出したほうが、ばらばらに行うよりも経済的影響を抑えられると言えます。その意味では、今回一都三県で緊急事態宣言を発出することは、理にかなっていると言えます。

4. 緊急事態宣言の地域的な協調による効果の検討

新型コロナウイルスの感染拡大を緩和するために、多くの都市や地域がロックダウン(都市封鎖)され、生産活動の縮小を余儀なくされました。オクスフォード大学の調査(https://www.bsg.ox.ac.uk/research/research-projects/coronavirus-government-response-tracker)によると、2020年4~5月には150カ国以上で特定業種での職場の強制的な閉鎖を伴うロックダウンが実施されました。その後、多くの国でロックダウンは緩和ないしは解除されましたが、2021年5月現在、世界的にコロナの第2波、第3波が襲来するに従い、再び多くの国でロックダウンが行われるようになっています。

ロックダウンに伴う生産活動の縮小によって、ロックダウンされた地域は経済的に大きな影響を受けます。しかも、生産活動の縮小の影響はサプライチェーンの途絶を通して、ロックダウンされた地域外に波及していきます。
例えば、スウェーデンは厳格なロックダウンをしなかったことで、10万人当たりのコロナによる死亡者数は近隣のフィンランドやノルウェーとくらべて突出して多くなりました。しかし、スウェーデンの2020年第2四半期のGDPの減少率(前年同期比)は約7%と、フィンランド(約6%)、ノルウェー(約5%)よりもむしろ高くなりました。これは、経済的に強くつながった周辺国がロックダウンしている影響で、ロックダウンをしていないスウェーデンも経済的な損失を被ったからだと考えられます。

2020年4月に日本で緊急事態宣言(強制力の弱いロックダウンとみなす)が出された時には、図4の赤色で示された7都府県のみが対象であった。しかし、色の濃い地域ほど生産減少の推計値が多いことを表す図5によると、緊急事態宣言が出されていない多くの市町村で生産が大幅に減少したことが示唆されている。

図4 緊急事態宣言発令対象都府県(2020年4月7日指定)

図5 緊急事態宣言発令による生産減少の推計値(2020年4月12日)

さらにこの研究では、全国がロックダウンしている中、ある都道府県がロックダウンを解除したとき、その経済がどの程度回復するかを分析しました。その結果、ロックダウンを解除した地域がロックダウン続行中の地域とサプライチェーンで密接につながっている、もしくはロックダウン中のサプライヤーを地域内の企業で代替できないと、経済の回復度合いが小さくなることが分かりました。

また、2つの地域が同時にロックダウンを解除する場合には、それらが密接につながっていたり、ロックダウンされている他地域のサプライヤーを相手地域の企業で代替することができたりする場合には、その経済の回復度合いが大きくなります。つまり、ある地域におけるロックダウンの解除による経済的利益は、その地域がロックダウンしている地域およびロックダウンしていない地域とどのようにつながっているかに大きく依存します。したがって、国や地域はロックダウン戦略を決定するにあたって、他国や他地域の戦略をも考慮に入れる必要があります。例えば前述のスウェーデンのケースでは、近隣諸国がロックダウンしていることを踏まえれば、いずれにせよ生産が大きく減少してしまうことは避けられません。それを考えれば、人的な損失を防ぐためにはスウェーデンも厳格にロックダウンしたほうがよかったのかもしれません。

とは言え、この研究の結果はロックダウンをすることを必ずしも奨励するものではありません。日本のケースでは、多くの地域が東京と経済的に強くつながっているがために、東京がロックダウンをするかしないかによって、他地域のロックダウンによる経済的影響は大きく変わってきます。東京がロックダウンしている時には、他地域はロックダウンを解除してもそれほど大きな経済的な利益は得られないが、逆に東京がロックダウンをしていないのであれば、他地域はロックダウンを回避もしくは解除することで大きな経済的な恩恵を得ることになります。したがって重要なのは、各国・各地域がロックダウン戦略を決定するにあたっては、互いにその経済的な相互作用を考慮し、政策協調する必要があるということになります。