社会シミュレーション研究室の研究
人、企業、地域、国家は、さまざまな関係で結び付いています。そのつながりは、新しい知識や豊かさを生む一方、災害や金融危機、感染症の影響を広げる経路にもなります。私たちは、実社会のデータと計算モデルを組み合わせ、個々の主体の行動から社会全体の動きが生まれる仕組みを研究しています。
災害や貿易の混乱は、経済全体へどう広がるのか
ある工場が止まると、部品が届かなくなった取引先も生産を減らします。その影響は、被災していない地域や、直接の取引関係を持たない企業にまで及びます。企業間の取引をたどることは、経済の損失と回復を理解するうえで欠かせません。
私たちは、日本の多数の企業を取引関係で結んだネットワークを用い、企業ごとの生産、在庫、調達、需要の変化をシミュレーションしています。東日本大震災を対象とした研究から、取引の集中、部品の代替の難しさ、循環する取引関係が、影響の大きさや長引き方を左右することを示しました。さらに、事業所ごとの被害や停電の情報を加えることで、震災後の生産の落ち込みをよりよく再現できるようになりました。
この枠組みを、都市の活動制限や海外からの輸入途絶にも広げています。地域間で対策の時期を調整することや、調達先を組み替えることが、どの条件で損失の軽減につながるかを比較します。結果はデータと仮定に基づくシナリオ分析であり、被害額を一点で断定するためではなく、備えや復旧の選択肢を検討するためのものです。
被災地から遠く離れた企業にも、取引を通じて影響が広がる

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新しい知識は、どんな協働から生まれるのか
発明は、一人の能力だけで決まるものではありません。誰と研究するか、どこで出会うか、どのような知識に触れるかが、新しいアイデアの生まれ方に関わります。特許の共同出願や引用、発明者・事業所の所在地を手がかりに、知識を生むつながりを調べています。
共同研究には地理的な近さが重要である一方、遠方や海外の相手とのつながりは、多様な知識への接点になります。また、同じチームで経験を積むことには利点がありますが、過度な協働の繰り返しが、必ずしも高い成果につながるわけではありません。日本と米国の特許データから、チームや技術の多様性を保つことの重要性を示してきました。
歴史的なデータからも、人の交流の役割を検証しています。1918年のインフルエンザ流行を利用した研究では、協働への依存が大きい技術分野で特許出願が相対的に減り、その背景に、新しく発明に加わる人の減少があることを示しました。交流の機会は、既存の研究者の活動とともに、次の担い手の育成にも関わっています。
知識の創出に加え、その価値や活用も研究対象です。地域の産業構成から経済的な複雑性を測る研究、日本版SBIRの支援効果の検証、特許のライセンスを予測する機械学習へと展開しています。最近の特許研究では、米国特許624,129件を対象に、上位10%を調べると観測されたライセンス成立の約9割を捉えられることを示しました。これは全ての特許を9割の正解率で判定できるという意味ではなく、大量の特許から調査対象を絞るための性能です。
知識を生む協働には、国を越えるつながりと国内のまとまりがある

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企業と金融のつながりは、何を支え、どんなリスクを抱えるのか
企業は、商品を売買するだけでなく、融資を受け、資金を送り、知識を交換しています。これらの関係を別々に見るだけでは、経済全体の働きを十分に捉えられません。私たちは、取引、銀行と企業の融資、送金、国際貿易といった異なるネットワークを分析しています。
日本の大規模な企業ネットワークでは、業種の区分をまたぐ集団や、上流から下流への流れと循環する流れが共存しています。こうした構造を分解・可視化する方法を開発し、企業間の関係が形成される仕組みや、取引先の生産性と成長の関係を調べてきました。地域銀行の送金データを用いた研究では、資金の流れから地域の経済活動を捉える方法も検討しています。
金融の研究では、銀行の貸出先の共通性と株価の連動を重ねて分析し、同じ銀行群でも、見る関係によって構造と変化が異なることを示しました。さらに、国家間の金融と貿易を重ねた多層ネットワークでは、一方の層から他方へ損失が波及することで、単独の層だけでは見えない脆弱性が現れます。個々の組織の健全性と、つながり全体の安定性を併せて考えるための研究です。
同じ銀行でも、貸出と株価では「つながり方」が異なる

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- Multilayer Propagation of Cross-Country Systemic RiskJournal of Risk and Financial Management (2026)
感染症の広がりと人の行動を、データからどう捉えるか
感染の状況も、人の移動や買い物の仕方も、地域や時期によって変わります。平均的な動きだけでは見落とす違いを、位置情報の集計データ、感染者数、オンライン購買データなどから分析しています。
東京の人流を対象とした研究では、地域に流入する人の動きを複数のパターンに分け、その後の感染動向との関連を調べました。これは、一人ひとりの感染経路や実際の感染場所を特定するものではなく、どのような移動のパターンに注目すべきかを検討する方法です。感染者数の予測では、地域ごとの流行や時間とともに変わる条件を、感染症モデルと時系列モデルを組み合わせて扱っています。
国際比較では、各国の流行の先行・遅行関係を分析し、2020年と2021〜2022年で主な役割が入れ替わる、二つの共存する変動パターンを見いだしました。また、日本のオンライン購買を対象とした研究では、感染拡大や緊急事態宣言に伴う需要増加が、分析期間では一時的であったことを示しました。社会の変化を捉える際に、一時的な反応と持続的な変化を区別することも重要な課題です。
オンライン購買の増加は、宣言解除後まで続かなかった

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実データから仕組みを探り、選択肢を比べる
研究の出発点は、実社会をどのように観測するかです。特許や企業の取引、資金の流れ、人の移動など、それぞれのデータが表す関係を整理し、ネットワークとして捉えます。対象に応じて、統計分析、因果推論、ネットワーク科学、機械学習、エージェントベース・シミュレーションを組み合わせます。
観測された関連と因果的な効果、現実の記録と仮定に基づくシミュレーションを区別しながら、仕組みを明らかにし、政策や企業活動の選択肢を検討することを目指しています。
動画で見る研究と研究室
文部科学省 科学技術・学術政策研究所から2021年に「ナイスステップな研究者」として表彰された際の講演の様子が下記の動画になります。この賞は毎年10人程度のみが選定され、のちのノーベル賞受賞者が過去に複数選定されており、非常に名誉のある賞です。この講演の中でこれまでどのような経緯で研究を行ってきたか、またこれまでの研究のうち、経済、特にサプライチェーンに関する内容を解説しています。
本研究室は社会シミュレーションを取り扱うことが一つの特長ですが、社会シミュレーションに関する授業のイントロダクションの下記動画でその雰囲気を知っていただくことができます。(2020年4月に行った授業です。)
兵庫県立大学社会情報科学部4年生次のゼミを希望する方は下記の動画を視聴してください。
学生の研究紹介
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